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気楽に生きたい! 健やかに生きたい!
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既婚子なし・30代前半女です。
日々もがきながら、がんばってます!
日常を語る気ままな生活も更新中


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どうしたい?

2008/08/24 16:35
私は結局どうしたいのだろう?
わからない。
自分で決められない。
強いていうなら
ずっとこのままがいいってことだけ。

そんなことを延々と考えていられること自体
昔の私に比べたらはるかに幸せなことで
昔の私よりはるかに安全な道を歩んでいるんだと思う。

こうしなくちゃいけない
こうするべき
こうするしか他にない

って感じに、生きることにがんじがらめではないんだもの。

それなりに逃げ場を作れるようになってきて
無理だって思ったら自分の殻にこもれる。
そうやって自分を保とうとする知恵もついてきた。

がんじがらめではないって言ったって
もちろん

人に迷惑をかけないように言動には
気をつけようとはしているし

それに

自分の頭が固くて
自分で勝手にがんじがらめにしちゃうことだってあるんだけど…。

でも、自由って苦しいことも多いな。

どうしたらいいのか?
どうしたいのか?

自分で決めるって大変だ。
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2008/08/18 17:57

家を建てたいなぁ
夫と2人で家を建てたいなぁ

そんな思いが強くなってきた。

小さい家。
でも、勉強していっぱいの選択肢の中から選んで建てた家。

小さいけどこだわりの家。
アイランド型のキッチンがくっついた広めのリビングにこじんまりとした寝室
広めのお風呂にこじんまりとしたトイレがあればいいな。
出来たら、中庭と1室和室があれば…最高だけど
これは無理ならいいや。
長く居そうなキッチンとお風呂だけはこだわりたい。
一緒にビールを飲みながらつまみながら気ままに料理ができる場所と
のんびりと疲れを癒せる場所を作りたい。

私たちは子供がいない夫婦だけど
家を建てるという共同作業によってひとつになれる気がしてる。

* * *

夫は全国的に転勤のある会社に勤めているのだけど
社宅はないし、住宅手当はないに等しい微々たるもの。
家賃がもったいない…っていうのは夫ともたまに話してた。

家族の人数が決まるまでは建てられないね…とも話していたし
実際それはそうなんだけどけど…

もう私の心の中では人数が決まってきてる。
いつまでも不妊治療を再開しないってことが答えになっていると思う。
2人で生きていこうとしている…っていう。

いずれはきちんと話し合ったほうがいいのかもしれないけど…。

夫も子供のことは口にしない。
治療のことも口にしない。
でも、小さい家のことは話していて
夢を膨らませている感じもある。
ホントはどんな気持ちなんだろうなぁ。
言いたくても言えないこととかあるのかな?

子供と天秤にかけるのはおかしいけど
もし子供がいたら
たぶん家なんか建てられないと思う。
子供がいたらそんな余裕はない。
子供にお金がかからず夫も私も働いて
それでやっと持てるかもしれない自分達のお城。
どちらかが先にこの世から旅立ったときに
残されたどちらかの心に残る生きた形。

* * *

実家は割と便利な環境にあった。
駅からも割と近いし夜もいつだって明るい。
私はどちらかといえばネオンに安心する方だから
駅から遠いとか、お店が少ないとか、長閑な場所に住むことに怖さがあった。

結婚を決めて住む家を借りるときも
駅から近いところっていうのは譲らなかった。

でも、住み替えた今のマンションは駅から遠い。
でも、住んでみたら意外と平気。
平地だから、自転車でいろいろ回れるってところがよかったんだと思う。
30分でも40分でも自転車をこげば街まで行ける。
え?あそこまで自転車で行っちゃうの?なんて驚かれるんだけど
慣れてしまえば何でもない。
交通費を使わないっていうのも魅力だし。
都心に繋がれる、私の場合はそれがたぶん安心感に繋がるのかな?

裕福とはいえない私たちが家を建てたいって思って
それを可能にするとしたら
家の場所はかなり長閑な場所になるだろうと思う。
でも、自転車でいろんな場所に行きやすい平地であることを条件に
場所は探していけたらいいなぁと思う。

* * *

夫はいつか自分の家を持つのが夢らしい。
何が欲しい?と聞くと必ず「家」というし
家を今建てるならどんな家がいい?って会話は
よくする方かもしれない。
よく話すものだから、言い合ううちにお互いの好みが似通ってきている。

まだまだこれから…
将来のいつかに…って感じで話していたことを
そろそろ少しずつ形にしていこうと思う。
実際、ホントに少しずつだと思うけど。

家を建てたいって思ったからってすぐには建たないし
建てたあとで後悔もしたくない。
納得がいくまで2人で勉強していこうと思う。
何年後かに2人の家を持ちたいと思う。
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悲しみを支える本を読んで

2008/08/15 20:10
悲しみを支える本
死別で残された人を癒すためにあなたができること

…という本を
随分と時間をかけて読んだ。

でも、本の内容
あんまり(ほとんど?)頭に入ってないなぁって思う。

でも、やっと
それでもいいかなぁって思うようになった。

本を読んだからって、そのまま本の通りにいくわけもないし
本の内容のまま、理解できたような気持ちになってしまうのも嫌だし。

また必要だって思ったときに
いつでも書棚から持ってきて読んだらいいんだろうなぁって。

死別で残された人を癒すためにできること…なんて、ほとんどない。
言葉はとっても無力だ。
周囲の人はそれぞれ心配はいっぱいすると思うんだけど
それを全て伝えたらいいってものでもないと思う。
よく見ているけど、一緒にいるけど、心配もするけど、でも普通でいる
それが思いやりなのかもしれないって思った。

周囲の人それぞれの生き様が全て関係してきて
助けになったりならなかったり。
みんな同じじゃない、むしろいろいろな対応があるから
救われる部分もあるのかもしれない。

* * *

父が亡くなったのは9月だった。
よく晴れていてとても暑い日だった。

だからなのか
暑くなると父の死を思い出しやすくなる。

父の病院に通ったことも
寒い日よりも暑い日の出来事の方が思い出しやすいよう。
車椅子で外に散歩に行くのは
お天気の日や暖かい日だったからなのかもしれない。

寒い日だって雨の日だって雪の日だって
病院には行っているんだけど

病院の中の独特の鬱鬱とした、逃げたくなるような空気の感じは
だんだんと薄れていってる感じもする。

傷だらけ、チューブだらけの父とか
身体についたチューブを抜いてしまうからとベッドに手足を縛られている姿
父の苦しそうな姿、つらそうな姿は
だんだんと心の奥に奥にしまわれていくのかな。

食事や歯磨き、着替え、トイレのお手伝い
見よう見まねで出来るようになったけど
それももう10年も前のこと。もう出来ないかもしれないなぁ。

* * *

本からひとつだけ学んだことがある。

大切な人と一緒に生きられたことをよかった…と思っていて
大切な人に自分ができることはやったんだ…って実感がもてると
悲しい別れを経験しても
いずれ優しい思い出としてとらえられるようになっていくらしい…ということ。

「こうしていればよかった」
「なんであのとき、ああしなかったんだろう?」

…なんて後悔がないように
そのときにできることを一生懸命頑張って積み重ねていくこと

それが
"共に生きる"ってことの答えなのかなって思った。
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理解

2008/08/13 14:19
月1回精神科の先生を訪ねている。

予約制だけど、時間は人によってまちまち。
私はあんまり長く話をしない方の患者かな?って自分で思ってる。
延々と話を聞いて欲しい気持ちもあることはあるんだけど
他にも患者さんが待っているから
私にばっかり時間を使ったらって思うとそんなふうにはできない。
だいたい話す内容を決めていて、メモに箇条書きしている。

1回につき大きなテーマをひとつって自分の中で決めていたり
箇条書きされた内容も
そのときに今度でも大丈夫だなって思ったら後回しにしちゃったりとか。


先日の診察で嬉しかったのは
先生が私のことをわかってくれたこと。

歯列矯正を始めたことを話したときに
先生がおっしゃった言葉。

「あなたも大変だよね。

ここにきて
○○先生のところに行って(カウンセリングのこと)
漢方の病院に行って
本屋さんで働いて
もうひとつ仕事してるときもあるんでしょう。

それで今度は歯医者さんにも通うんだから。
結構忙しいでしょう?(笑)」

私は

「そうなんですよ〜。
ホントに結構忙しいんですよ〜結構、頑張ってるんですよ(笑)」

なんて、笑いながら答えたんだけど

これって私の生活の枠組み
わかっていてくださったんだと思って。

私なんかのことなのに
理解しようとしてくださっているんだなって思って。

月1回の短い時間。
でも、回数を重ねる中で
少しずつ理解を深めてくださってたんだって。

わかってもらえるってこんなに嬉しいんだな。
安心するって
もしかしてこういうことなのかな?って思った。

有り難かった。
満たされた気持ちになった。





* * *

こんな気持ちになれるのは
何年か前にカウンセリングの先生が問いかけてくださった言葉があって
それが私の中で生きているからなんだと思う。

「理解はできなくても、理解しようとしてくれる人がいたとしたらどう思う?」
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しんどいとき

2008/08/05 21:14

私はしんどいとき
何から何まで自分を責めるようになる。
責める理由をわざわざ探してきてこじつけて

逆に言えば
自分を責めてばかりいるなぁって気づいたとき
それは
私にとってしんどいときってことで
休んだ方がいいときってことなんだろうなぁ。
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考えたこと

2008/08/03 09:35

先日、職場の人が大切な人を亡くされて
いろいろ考えさせられた私。

その人が職場復帰するにあたって
第一声はどんなふうがいいのか?
その後、どんなふうに話したらいいのか?
どんな態度でいたらいいのか?

そんなことが気になり
本を読んでみたり考えてみたりを重ねる。

その人が好きだから会ってしまったら泣いてしまいそうな私。
いちいち泣いてしまいそうで
それがかえってその人の回復の足を引っ張るんじゃないかと気にしてた。


でも、結局

本はろくに読めず
考えも至らず

その人のことを考えているようで
実は自分のことを考えている自分がいることに気づく。

本がなかなか読む気になれなかったり
(読むのが苦しい内容だから)
読んだら読んだで
これは実際にどういう意味?
だからどう接したらいいの?ってことが気になって
ひっかかるところがいろいろあったり
感情が溢れてくることも多くて読み進められない
かと思うと、活字を追っているだけで頭に入らない。
そんなところを思うと
私自身も実は父の死から立ち直ってないんだなってことに気づく。

立ち直るってどんな状態のことなのかなぁ?
…って思うような、今はそんな状態。

そんな状態の私が出した答え。

悲しくなったら泣いてもいいし
思い出話で楽しい気分になったら笑ってもいい
感情を解放するときがあっていい

励ましたくなったら励ましてもいいし
逆に励まされたらありがとうって受けたらいい。

その人に何もできなくたっていい。
何も言えなくたっていい。
大丈夫かな?疲れてないかな?
そんなふうに私の中でその人を見つめる、心配できる心があればそれでいい。

私の普通でいい。それが型破りだってしょうがない。
そうしかできないんだから。

その人にとって年下の私は
自分の行動をあまりにも制限しようとしてた。
よりよく動けるようにって
頑張ったり考えを深めたりすることは大切なことだと思うけど
それが背伸びや無理になってしまうならよくない。

関係は続いてく。
だから、考えることに終わりはなくて
その都度また考えてしまうだろうし
考えつづけるとは思う。


父の死からもうすぐ10年。
父の死にショックっていうよりは
人の死にショックを受けてるんじゃないかって気もするんだけど
どうも私は立ち直りに時間のかかる方みたい。
自分の気持ちを言葉にして表に出すのが上手じゃないからかな?
そちらの方も時間をかけて少しずつ…触れよう。

私が立ち直るってことは私にしかできない。
同じように
その人が立ち直るってこともその人にしかできない。
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食後低血圧

2008/07/28 15:00
食後低血圧

食事性低血圧とも言われ
食事の後に血圧の低下を認め、めまい、肩こり、頭重、倦怠感を生じる疾患。
重症の場合には失神し、転倒、骨折等の危険もある。
食後に内臓の血管が拡張し、そこへ多くの血液が流入するために
脳への血液の移行が減り、症状が現れる。
若年者より高齢者に多く、また高血圧の患者に多いと言われている。


さっき、ネットでみつけた。

会社員として働いていた頃
昼食をとると肩こりやめまいがして、ひどいと吐き気がして
しんどくなるっていう症状が気になっていた。

それを
当時通っていた病院で説明するも
全くわかってもらえずつらかった。

今読んでみて
あのときの症状ってこれだったのかもしれないなぁって思った。

わかってもらえなかっただけで
私がおかしかったんじゃないんだなって思って少しホッとした。
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